はじめに:相続争いの現状と深刻さ
相続は、大切な家族を失った後の避けられない手続きです。しかし、この相続が家族間の争いの種となり、深刻な問題に発展するケースが後を絶ちません。
法務省の統計によると、2021年の相続関連の調停事件は約1万4000件(出典:司法統計年報家事事件編)にのぼります。これは、相続が発生した件数の約1%に相当します。イメージよりは少ないですか?しかし、ここに表面化していない潜在的な争いを含めると、その数は実際にはさらに多いと推測されます。
相続争いは、単なる財産分与の問題にとどまらず、家族関係に深刻な亀裂を生じさせる可能性があります。兄弟姉妹間の絶縁、親子関係の断絶など、一生涯にわたって修復不可能なダメージを与えることも少なくありません。
本記事では、ファイナンシャルプランナーの視点から、相続争いを未然に防ぐための具体的な方策と、万が一争いが起きてしまった場合の対処法をご紹介します。
相続争いが起こる主な原因
相続争いには、いくつかの典型的な原因があります。これらを理解することで、効果的な予防策を講じることができます。
遺言書の不備や不存在
遺言書がない、または不適切な内容の遺言書により、故人の意思が明確でない場合、相続人間で解釈の相違が生じやすくなります。
財産の偏った分配
法定相続分と異なる分配や、特定の相続人への偏った相続により、他の相続人が不公平感を抱くことがあります。
家族間のコミュニケーション不足
生前に相続に関する話し合いがなされていない場合、相続人それぞれが異なる期待を抱き、それが争いの種となります。
相続税の負担をめぐる対立
相続税の支払いに関して、誰がどのように負担するかで意見が対立することがあります。
相続争いを予防するための対策
適切な遺言書の作成
遺言書は、相続争いを予防する最も効果的な手段の一つです。遺言書を作成することで、以下のようなメリットがあります。
- 相続トラブルを予防できる
- 残された方が相続税申告で困らない
- 法定相続人以外の人へ遺産を相続させられる
- 相続手続きを最小限にできる
- 相続税対策ができる
遺言書は、状況の変化に応じて定期的に見直すことが重要です。少なくとも5年に1回、または家族構成や財産状況に大きな変化があった際には、見直しを検討しましょう。
生前贈与の活用
生前贈与は、相続財産を減らし、相続税を軽減する効果があるだけでなく、相続人間の財産格差を是正する手段としても有効です。
暦年贈与
毎年110万円までの贈与であれば、贈与税がかかりません。この制度を活用し、長期的に計画的な財産移転を行うことで、相続時の争いのリスクを軽減できます。
相続時精算課税制度
60歳以上の親から20歳以上の子に対して、2500万円まで贈与税がかからない制度です。将来の相続財産を前倒しで渡すことができ、子の独立支援にも活用できます。
家族会議の実施
相続に関する家族会議は、争いを予防する上で非常に重要です。以下のポイントに注意して進めましょう
- 中立的な場所で開催する
- 全員が発言できる機会を設ける
- 感情的にならないよう、ファシリテーター役を置く
- 専門家(ファイナンシャルプランナーや弁護士)の同席を検討する
家族会議では、単に財産分与の話だけでなく、親の介護計画や墓地の管理など、将来的な課題についても話し合うことが大切です。
財産の把握と情報共有
相続人全員が被相続人の財産状況を正確に把握していることが、スムーズな相続の鍵となります。
a) 財産目録の作成方法
- 不動産(土地、建物)
- 金融資産(預貯金、株式、投資信託など)
- 動産(車、貴金属、美術品など)
- 負債(住宅ローン、借入金など)
これらを漏れなくリストアップし、定期的に更新することが重要です。
b) デジタル資産の管理と相続
近年重要性が高まっているのが、デジタル資産の管理です。オンラインバンキングのパスワード、暗号資産、SNSアカウントなど、デジタル上の資産や情報についても、相続人が把握できるよう準備しておくことが大切です。
相続争いが起きてしまった場合の対処法
相続争いが起きてしまった場合、まず冷静になることが重要です。感情的になるほど、解決は遠のきます。
調停と審判の違い
調停は当事者間の話し合いによる解決を目指すのに対し、審判は裁判所が判断を下します。可能な限り調停での解決を目指すことをおすすめします。
専門家への相談
弁護士、税理士、ファイナンシャルプランナーなど、それぞれの専門家に相談することで、法的・税務的・金融的な観点から総合的なアドバイスを得ることができます。
遺産分割協議の進め方
- 相続人全員の参加を確保する
- 客観的な資料(財産目録、評価額など)を用意する
- 各自の希望や事情を丁寧に聞き取る
- 妥協点を探る姿勢を持つ
- 合意事項を書面で残す
相続税対策と争い予防の両立
相続税対策は重要ですが、それが新たな争いの種にならないよう注意が必要です。
相続税の基礎知識
相続税の基礎控除は「3000万円 + 600万円 × 法定相続人の数」です。この金額を超える場合、相続税が課税されます。
節税対策と公平な分配のバランス
不動産の評価方法の工夫や生命保険の活用など、様々な節税対策がありますが、特定の相続人だけが利益を得るような対策は避けるべきです。全体のバランスを考慮した上で、公平性を保つことが重要です。
特殊なケースにおける相続対策
再婚家族の相続問題
再婚家族の場合、血縁関係のない相続人同士の利害対立が起きやすいです。特に子供がいる場合は、親の遺言書作成が不可欠です。
認知症の親の財産管理と相続
認知症の親の財産管理には、成年後見制度の利用を検討しましょう。また、認知症になる前に任意後見契約を結んでおくことも有効です。
海外在住者がいる場合の相続
国際相続の場合、準拠法の問題や二重課税の可能性など、複雑な要素が加わります。早い段階から専門家に相談し、対策を立てることが重要です。
相続に関する最新の法改正と影響
配偶者居住権の創設
2020年4月に施行した民法改正により、配偶者が亡くなった後も、残された配偶者が自宅に住み続けられる「配偶者居住権」が創設されました。これにより、子供への相続と配偶者の居住権の両立が容易になりました。
婚姻期間が20年以上の夫婦間における居住用不動産の贈与等に関する優遇措置
2019年7月から、婚姻期間が 20 年以上の夫婦間で居住用不動産の遺贈又は贈与がされた場合については原則として、遺産分割における配偶者の取り分が増えることになりました。
遺留分制度の見直し
2019年7月から、遺留分(法定相続人に保障される最低限の相続分)の算定方法が変更され、より柔軟な遺産分割が可能になりました。
預貯金の払戻し制度の創設
2019年7月から、預貯金が遺産分割の対象となる場合に、各相続人は遺産分割が終わる前でも一定の
範囲で預貯金の払戻しを受けることができるようになりました。
法務局における自筆証書遺言書保管制度の創設
2020年7月から、自筆証書遺言を法務局で保管してもらうことが可能になりました。この制度には特徴があります。
- 遺言の外形的なチェックが受けられる
- データで保管してくれるので、遺族は全国どこの法務局からも閲覧可能
- 家庭裁判所の検認(遺言書の状態や内容を確認し保存する手続き)が不要
- 相続人全員に遺言を保管していることを通知してくれる
遺言者だけではなく、相続人にとってもメリットがある制度になっています。
特別の寄与の制度の創設
2019年7月から、相続人以外の親族が無償で療養看護等を行った場合には、相続人に対して金銭の請求をすることができるようになりました。
まとめ:円満相続のためのチェックリスト
□ 遺言書を作成し、定期的に見直している □ 生前贈与を計画的に行っている
□ 家族会議を定期的に開催している
□ 財産目録を作成し、相続人と共有している
□ デジタル資産の管理方法を決めている
□ 相続税対策を行っている
□ 特殊なケース(再婚、認知症、国際相続など)への対策を立てている
□ 最新の法改正について理解している
専門家への相談方法
相続に関する専門家には、主に以下の3種類があります:
ファイナンシャルプランナー(FP)
資産管理や生涯設計の観点から、総合的なアドバイスを提供します。
弁護士
法的な側面からアドバイスを行い、争いが生じた際の調停や訴訟にも対応します。
税理士
相続税の計算や申告、節税対策について専門的なアドバイスを提供します。
多くの専門家が無料相談サービスを実施しています。複数の専門家に相談し、自分に合った助言者を見つけることをおすすめします。
相続は避けられないものですが、争いは防ぐことができます。本記事で紹介した方策を参考に、ご家族で話し合い、円満な相続を実現してください。相続は、故人の想いを受け継ぎ、次の世代に繋げていく大切な機会です。争いではなく、家族の絆を深める機会としていただければ幸いです。


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